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12.21.2006

はじめに:ゆとり教育の勘違い

少し前、ゆとり教育と称して小中高校の週休二日制、課外活動の推奨、必修科目の削減などが一斉に実施されたのは記憶に新しいですが、最近は”ゆとり教育”の悪い側面が注目されてくるようになっています。

筆者は、ゆとり教育という表現自体に誤りがあるのではないかと思っています。というのも、ゆとり教育という表現自体が国語や数学、英語などの難しい必修科目に対する対義語として受け取られたからです。

本来目指した「ゆとり教育」とは?

微分積分や難しい漢字、社会の年表の丸暗記などの教育は、本当に「社会」で役立つ知識なのか?

そう思う人も多かったはずです。実際の生活には、微分積分は要りません。算数さえできれば生活には困らないでしょう。つまり、教育された知識=受験のためだけの無駄な知識という思いが生徒の中で蔓延していたことがそもそもの背景にあります。

また、その頃、世界の中での日本の教育習熟度は高かったものの、アメリカのように新しいアイディアをビジネスに結びつけることのできる人が少なかったということも事実でした。画一的な教育はアイディアを生まない!そういう批判も多かったのです。

筆者は、小学生の頃、先進的な教育技術を取り入れた小学校で育ちました。そこでは「生活」という名前の授業が週に5回もあり、稲の栽培、そばの栽培、地域の特徴的な気候から生まれた地場産業、その都市の歴史や成り立ちなど、実生活に即した様々なことを学びました。

このような経験は、画一的な授業では得られないアイディアや成果を生みました。

ゆとり教育ではなく、生活教育という表現が適切だと筆者は考えています。
実生活に即した題材を生徒が自分たちで自発的に調査したり議論することは、教科書に書いてあることを習うこととは違います。生活教育を通して「考える力」を養ったのです。習うことと考えることはまったく違います。

ゆとり教育とは、画一的な授業への批判をこめた表現だったと思いますが、受け取る側にしてみれば、難しい教科を減らすという趣旨で受け取られました。ここが失敗の一番の原因ではないかと思っています。

さて、このサイトでは今一生懸命勉強している受験生や学生のための受験勉強の情報や社会の出来事に対して筆者なりの意見を述べていくことを目的としています。